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生成AIでつくる音楽のあり方を定義するために作った曲
「それって全部AIでしょ?」という“空気”
生成AIで音楽をつくっていると、どこかで感じることがあります。
「え、それって全部AIでしょ? なーんだ、そういうことか」
というような空気。 はっきり否定されたわけではないけれど、「AIが作ったんでしょ?」という言葉の裏に、 どこか軽んじられているようなニュアンスを感じてしまうことがあります。
たしかに、自分でゼロから演奏したわけじゃない。AIに助けられている部分は大きい。 でも、何も考えずにやってるわけじゃない。ちゃんと悩んで、選んで、歌詞に気持ちを込めて、何度も試している。
それでも、どこかで「手作りじゃないと認められないんじゃないか」と思ってしまう自分がいます。
そんな中で、僕は 「Prompt Composer」という曲を作りました。AIと人間の“共作”という、新しい音楽のあり方を、自分なりの言葉とビートで表現した曲です。
新しい音楽は、いつも疑われてきた
しかし、考えてみたら音楽の歴史は、いつだって“新しいもの”は疑われてきました。
ロックが生まれたとき、The Whoの「My Generation」で若者が怒りを叫んだとき、 大人たちは「ただうるさいだけの反抗」と言いました。
レゲエが広がったとき、 ボブ・マーリー が「Trenchtown Rock」で「音楽に打たれても痛みはない」と歌ったときも、そのスピリチュアルな強さはなかなか理解されませんでした。
ボサノバが ジョアン・ジルベルト の「Chega de Saudade」で静かに始まったときも、従来のサンバのエネルギーと違いすぎて「なんだこれは、下手なのか?」と誤解されたそうです。
そして、のちに“DTM”と呼ばれる打ち込み音楽が普及し始めたとき、「人間が演奏していない」「グルーヴがない」「温かみがない」などと批判されました。ドラムマシン、シーケンサー、シンセサイザーなど…… いまでは当たり前になっている楽器も、かつては“本物じゃない”と見なされていた時代がありました。
「定義し宣言する」ことが前進する力になる
そんな中で、新しい形を定義し宣言するような曲たちが生まれていきました。
クラフトワークは「Pocket Calculator(日本語版:電卓)」で「ボクハオンガクカ、デンタクカタテニ」と歌い、テクノロジーと音楽が融合する時代を、冗談のように、でも本気で宣言しました。
細野晴臣が率いたF.O.E.は、「WORLD FAMOUS TECHNO POP」という曲で、
「Kids make music on N.E.C.’s(子どもたちはNECのパソコンで音楽を作る)」と歌い、“楽器を演奏する訓練をしなくても、誰もがパソコンで音楽を作れる時代が来た”というメッセージが込められています。
そして、日本語ラップの転換点となったライムスターの「B-BOYイズム」。あの曲が突きつけたのは、ラップは単なるスキルや言葉遊びではなく、自分がどう生きるか、その姿勢そのものが問われる表現だというヒップホップの核心でした。
どれも、ただ新しい音楽をやっているのではなく、 「これはこういう音楽なんだ」と、自分たちで定義し、周りを巻き込み前進していったんだと思います。
この曲に込めたもの
「Prompt Composer」は、生成AIを使った音楽づくりの“新しいあり方”を、自分の言葉で定義しようとした曲です。
AIと壁打ちをしながら、自分の感情や言葉を歌詞にする。曲のイメージがAIに伝わるように試行錯誤しながらプロンプト打ち込み、AIが次々に出力するたくさんの曲を聴く。そして、さらにプロンプトの修正をする。あまたの曲の中から珠玉の1曲を見つけ、さらに細部を微調整していき「これが自分の曲だ」と言えるようにする。
それは、AIと共に音楽をつくるという、今のリアルなかたちです。実機の電子楽器やDAWをツールとして使うのと同じように、 AIもひとつのツールとして扱い、「AIと一緒に」イメージを形にしていく―― そんな新しい制作のあり方をテーマにした歌詞にしました。
「打ち込み」の次に来るもの
かつて打ち込みがそうだったように、近い将来「AIで音楽を作る」ことが特別ではなくなる日がきっと来ると思います。むしろそれを使って、どう表現するか、どう届けるかが問われる時代がやって来るはずです。
「これが自分の音楽です」と堂々と言える時代に向けて、生成AIで音楽を作るという行為を、ひとつの“あり方”として定義したくて、この曲を作りました。
